春までおいでよ恋心


「――は?ナニこれ」


真っ白な部屋。そこの壁に貼られた張り紙の内容を見た五条のサングラスがタイミングよくズリ落ちた。


紙には"体液を交換し合わないと出られない部屋"との記載があり、次いでその張り紙のすぐ下には"ご自由にお飲み下さい"と書かれた怪しさ満点のペットボトルの水が1本置いてある。五条は隣で眠そうに欠伸をしている蘭をチラリと見た。


今日の彼女の髪型は伏黒に結いてもらったらしいポニーテル。密室で2人きりのこの状況下で"体液を交換し合わないと出られない部屋"なんてどこぞのAVよろしくな張り紙を見た後に好きな女の子の曝け出された白い首筋やらスカートから覗く柔らかそうな脚やらを見ると自然と"そういう"気分になるのが男の性というもの。


「……(蘭ちゃんって細いのに意外と胸あるんだよね)」


……いやいや、待て。落ち着け僕。非常に美味しい展開ではあるがコレは違う。


無意識に彼女の体の曲線に目を這わせていた五条はパンッと片手で頬を叩いた。流石の五条にもこんな訳の分からないAV企画みたいなシュチュエーションで蘭と事を致そうというつもりはなかったらしい。


「蘭ちゃん 危ないからちょっと下がってて」


「?悟、ほっぺ叩く、どうしたの…?」


「ん、心配いらないよ ちょっと気を引き締めただけだから」


心配そうに見上げてくる蘭の頭をポンポンと撫でてやれば彼女は首を傾げながらもそれ以上追求して来なかった。
そうだ。そもそもご丁寧にこの紙に書いてある内容に従う必要もない。こんな危ない(主に自分の理性が)部屋に長居は色々とマズイ。
五条は術式順転の最大火力を扉に放った。しかし――


「マジ?ビクともしないんだけど」


己の術式の最大火力をもってしてもビクともしないとなるとこれはもしかしたら実際に紙に書いてあるような行為をしないと外に出られないのかもしれない。そう冷静に考えるフリをしている五条だが実は彼の脳内はそう穏やかではなかった。


「(体液を交換って事はキスでもいいのかな。いやでもこのシュチュエーションで蘭ちゃんと体液交換ばりの濃厚キッスなんてしちゃったら流石にそこで辞めてあげられる自信はない。――いやあ困ったね これじゃどう頑張っても結局セックスする流れになる)」


"困った"とは口ばかりで五条は満更でもないような顔で顎に手を添え考えた。


「(もういっそこの機会に孕ませるまでヤッちゃうとか?)」


仮に一線を超えて部屋から出れたとしても一番の問題はその後蘭の中で五条の位置付けがどう変わるかだ。恐らく信じていた五条にそんなことされたらいくら蘭でも彼から離れて行くだろう。


――だが子供が出来たら?そうなればまた話は別だ。下世話な話養育費やその他諸々費用がかなりかかる。経済力のない蘭が一人で育てるというのは現実的に考えても無理な話。
結局彼女は嫌でも五条から離れられない状況になるのだ。



「悟と蘭 閉じ込められた?」


「ぽいね ん〜どうしようか(え、何その可愛い袖クイ。犯していいよってサイン?)」


1人妄想に耽っていた五条の服の袖をクイッと引っ張りそう尋ねた蘭。
目の前の男がどんな卑猥な事を考えているかも知らず彼女はこんな時でも焦る様子はなく、呑気に澄ました顔をしている。


「…のどかわいた」


「うんうん ――え?ちょっと蘭ちゃんストップ!!!」


ボソッと呟かれた一言に妄想を繰り広げながら相槌を打っていた五条は彼女の方を見てギョッとした。


"ご自由にお飲み下さい"と書かれていたペットボトルの水。この状況下でどう考えても怪しさしかないその水に蘭が口をつけていたのだ。いつの間に手に取っていたんだという考えはもちろん頭の隅に。


どんな仕掛けが施されているかもわからない物を蘭に飲ませる訳にはいかなかったが一歩遅かった。五条が気付いたときにはもう彼女はその水を飲んでしまっていたのだ。


自分がいながら痛恨のミスだ。どうか何もなければ良いのだが――そう思った次の瞬間だった。蘭の手からスルッとペットボトルが滑り落ちた。
それと同時に五条の蒼い瞳がこれまでかと言うほどに拡大されて――


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